LIVE HISTORY / JUN MATSUMOTO

松本潤がつくった
嵐ライブ演出の歴史

ムービングステージは、派手な装置を一つ増やしただけではなかった。松本潤が変えたのは、巨大会場における「主役」の範囲だ。ステージ上の5人だけでなく、最後列の観客、客席を埋める光、会場全体までを一つの作品にした。

最終更新 2026.07.17読了目安 8分LIVE ARCHIVE

3秒でわかる結論

松本潤の最大の功績は、ドームを「遠い会場」から「全員が参加する空間」へ変えたこと。技術そのものより、技術をファンとの距離を縮めるために使う設計思想が、嵐のライブを特別なものにした。

先に整理:無線制御ペンライト「FreFlow®」はソニーミュージックソリューションズ系の技術であり、松本潤が機器を発明したわけではありません。本記事では、松本が嵐のライブへ導入し、客席を演出の一部に組み込んだ功績として扱います。また「ムービングステージ」も可動舞台一般ではなく、透明な床で客席上空を縦断する嵐の方式を指します。

松本潤はなぜ演出を始めたのか

松本潤は、ある日突然「演出家」に任命されたわけではない。嵐の初期からコンサートの打ち合わせに入り、セットリスト、曲間のつなぎ、照明、映像、衣装替えの時間まで、ライブ全体をどう見せるかに関わっていった。公式ライブ作品の回顧企画でも、2000年の初コンサートから演出・構成をリードしてきた存在として語られている。

背景にはジャニーズJr.時代の経験がある。先輩のバックで数多くのステージに立ち、ジャニー喜多川が重視した「観客を驚かせること」「客席の近くへ行くこと」を演者側から吸収した。そこに松本自身の細部へのこだわりが加わり、演者でありながら客席側からステージ全体を見る役割を引き受けるようになった。

演出の出発点は、自分を格好よく見せることだけではない。大きな会場ほど後方席との物理的な距離が広がる。その不公平をどう埋めるかという問題意識だった。振付師に自分の位置へ入ってもらい、自身は客席から全体のバランスを確認したという制作証言も残る。

「一列目も最後列も同じチケット代」。その当たり前を、本気で演出上の課題として扱った。

嵐のライブが大きくなるほど、松本の仕事も増えた。演奏曲を並べるだけではなく、約3時間の感情の流れを設計し、5人それぞれの個性を見せ、巨大な会場でも観客を置いていかない。これが後年まで一貫する基本思想になった。

嵐ライブ演出の進化

2000
初コンサートから構成へ参加

若い5人が自分たちのライブを作り始める。松本は曲順や見せ方を考える役割を徐々に担い、演出家としての基礎をつくった。

2003
『How's it going?』で「流れ」を磨く

映像、衣装、ソロ、MCを含めたライブ全体の物語性が強まる時期。単発の仕掛けではなく、曲から曲への接続が嵐らしさになっていく。

2005
『One』でムービングステージ登場

縦長の会場で、踊りながら観客へ近づく方法として発想。透明な可動床が客席上を通り、ステージから遠かった場所を一気に最前線へ変えた。

2007
ドーム公演へ

『ARASHI AROUND ASIA』の凱旋公演で京セラドーム大阪、東京ドームへ。会場拡大に対して、花道、トロッコ、映像、移動装置を組み合わせる設計が重要になる。

2008
国立競技場という巨大空間

野外の開放感、水、炎、花火、聖火台までを使用。会場の建築そのものを舞台装置として読む、嵐のスタジアム演出が確立した。

2012
『Popcorn』で幸福感を立体化

巨大なバルーンなど、ドームの高さも利用。派手さと親しみやすさを両立し、嵐の楽曲世界を会場全体へ広げた。

2014
『THE DIGITALIAN』で客席が映像になる

無線制御ペンライトを本格導入。数万人の光を一斉に制御し、客席そのものを巨大なスクリーン、照明装置として扱った。

2015
『Japonism』で伝統と最新技術を接続

布、和楽器、殺陣、祭りの身体性とデジタル技術を融合。松本の演出が、装置の発明から文化的なテーマ設計へ広がったことを示す。

2017
『untitled』で一つの作品へ

組曲「Song for you」を軸に、個々の曲よりライブ全体の連続性を重視。5人の成熟とグループの物語を、一本のショーとしてまとめた。

2018
–20
『5×20』で20年を再編集

全50公演、総動員237万5,000人という国内最大級のツアー。過去の演出を再現するだけでなく、20年の記憶を現在の技術で編み直した。

松本潤が生んだものは「装置」だけではない

1. ムービングステージ

最も有名なのが、2005年のツアー『One』で登場したムービングステージだ。透明な巨大床にメンバーが乗り、客席の頭上を通ってメインステージと後方をつなぐ。観客は真下からもパフォーマンスを見られ、後方席は一時的に「最前列」になる。

重要なのは移動することより、踊りを止めずに距離を縮めた点だ。トロッコでは手を振る演出が中心になりやすいが、ムービングステージなら5人のフォーメーションを維持したまま移動できる。ライブの見せ場とファンサービスを分離せず、同時に成立させた。

2. 客席を主役にした制御ペンライト

『THE DIGITALIAN』で本格的に使われた無線制御ペンライトは、演出側から色や点灯を制御できる。客席に色の波を走らせ、文字や模様を描き、音と同期させることで、数万人の観客が作品の一部になった。

松本が発明したのは技術そのものではなく、その技術の意味である。通常はステージを見る場所だった客席を、ステージ上からも美しい巨大な景色へ反転させた。遠い席の観客も「自分の光がライブを完成させている」と感じられる。

3. 会場の弱点を個性に変える設計

アリーナの縦長、ドームの遠さ、国立競技場の広さ。それぞれは本来、ライブにとって不利な条件だ。松本の演出は、それを隠すのではなく利用する。縦長だから頭上を移動し、広いから光の絵が大きくなり、野外だから空、風、噴水、花火が効く。

距離の再設計

メンバーを客席へ運び、後方席にも見せ場を作る。

視点の再設計

正面だけでなく、真下、上層、ステージ側からの景色まで考える。

時間の再設計

曲順、映像、着替え、MCをつなぎ、約3時間の感情を構成する。

観客の再定義

見る人を、声、光、参加によって作品を完成させる一員に変える。

4. 5人を一番よく見せる「編集」

松本の役割は、すべてを一人で決めることではない。各メンバーのソロ、櫻井翔のラップ、大野智の振付、二宮和也の音楽性、相葉雅紀の親しみやすさを、嵐という一つのライブへ編集することだった。メンバーも、最終的なアウトプットは5人の総意だと説明している。

演出家・松本潤の評価は、個人の強い美意識と「5人をどう見せるか」が共存している点にある。自分も演者として出演しながら、客席から全景を確認し、細部を修正する。プレイヤーと監督を同時に務める特殊な立場だった。

ライブ演出は嵐の人気をつくったのか

結論から言えば、演出だけが嵐を国民的グループにしたわけではない。楽曲、テレビでの親しみやすさ、5人の関係性、ドラマや映画での活躍など、複数の要因が重なっている。ライブ演出と人気を単純な因果関係で結ぶことはできない。

ただし、人気が拡大した後もファン体験の密度を落とさなかったことには、演出が大きく関係している。アリーナからドーム、国立競技場へ会場が大きくなると、普通はメンバーが遠くなり、親密さは薄れる。嵐は移動装置、大型映像、客席の光、5人の言葉を組み合わせ、「規模が大きいほど参加感も大きい」という体験へ変えた。

人気の拡大で起きる問題演出による回答ファン側の効果
会場が大きく、肉眼で見えないムービングステージ、花道、大型映像どのエリアにも「近くに来る瞬間」が生まれる
公演が巨大化し、一体感が薄れる制御ペンライト、コール、会場全体の演出数万人で一つの景色を作る共有感が生まれる
ヒット曲が増え、ライブが散漫になるテーマと物語に沿ったセットリスト曲の羅列ではなく、一つの作品として記憶に残る
同じツアーを何公演も行う精密な再現性と現場での修正大規模興行でも品質が安定する

結果としてライブは、既存ファンへのご褒美にとどまらず、「次も行きたい」「映像作品でも見たい」と思わせるブランドになった。嵐の人気が巨大演出を可能にし、その演出がファンの信頼と再訪を支える。この循環が長期的な強さにつながった、と見るのが自然だ。

後輩と他アーティストへの流用

ムービングステージは嵐だけの専用装置にとどまらず、旧ジャニーズ事務所のグループを中心に広く使われ、現在では所属の枠を越えてドーム、アリーナ公演で見られる方式になった。制御ペンライトも、多くのアイドル、バンド、K-POPアーティストの大規模公演に定着している。

ここで「流用」されたのは、装置だけではない。ステージから遠い観客を置き去りにしないこと、客席全体を画面として扱うこと、曲ごとではなく公演全体にテーマを通すこと。この設計思想が日本の大規模ライブの標準に近づいた。

直接的な後輩支援

松本は嵐以外の公演にも助言・演出で関わった。2015年前後にはHey! Say! JUMPのライブ制作を支援し、2019年にはKing & Princeのコンサートの一部演出に参加したことが報じられている。さらに事務所全体の公演『Johnny's Festival ~Thank you 2021 Hello 2022~』では総合演出を担当。グループごとの個性を保ちながら、一つの大規模ショーにまとめた。

「誰が最初か」より大きな影響

可動舞台も無線制御ライトも、世界に先例や専門の開発企業がある。したがって、松本がすべての技術をゼロから発明したとする説明は正確ではない。一方で、利用可能な技術を見つけ、巨大なアイドル公演の課題へ結びつけ、繰り返し使える演出言語にした功績は大きい。

演出とは、新機材を所有することではない。「何のために使うか」を決める仕事だ。松本は透明な床をファンとの距離に、無線通信を客席の参加感に、巨大スクリーンを5人の表情に変換した。その変換方法が共有されたからこそ、別のアーティストが使っても観客に意味が伝わる定番になった。

演出史を追うなら、この映像作品

すべてを見る必要はない。変化がわかりやすい作品を年代順に選ぶと、松本潤の演出が「近づく」「包む」「物語にする」へ進化した流れを追える。

2003
How's it going? SUMMER CONCERT 2003 DVD

How's it going? SUMMER CONCERT 2003

初期のアリーナ演出と、若い嵐の距離感を確認できる基準点。

2005

One SUMMER TOUR 2005

ムービングステージ初登場。演出史の転換点として最重要。

2008
ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYO DVD

ARASHI AROUND ASIA 2008 in TOKYO

初の国立競技場公演。建築、空、炎、水、花火を使うスタジアム演出の原型。

2014
ARASHI LIVE TOUR 2014 THE DIGITALIAN Blu-ray

ARASHI LIVE TOUR 2014 THE DIGITALIAN

制御ペンライトが客席を巨大な映像へ変えた、デジタル演出の節目。

2017
ARASHI LIVE TOUR 2017-2018 untitled Blu-ray

ARASHI LIVE TOUR 2017-2018「untitled」

組曲を軸に、ライブ全体を一つの作品として見る完成度が高い。

2019
ARASHI Anniversary Tour 5×20 Blu-ray

5×20 FILM “Record of Memories”

125台のカメラで撮影されたライブ映画。観客席からは見えない演出の細部まで確認できる。

関連映像作品:ARASHI Anniversary Tour 5×20 Blu-ray

まとめ:松本潤が変えたのは「誰までがライブか」

ムービングステージ、制御ペンライト、巨大映像、噴水、炎、花火。嵐のライブには象徴的な仕掛けが多い。しかし、松本潤の演出史を装置のカタログとして見ると、本質を見失う。

一貫していたのは、最後列まで楽しませること、5人の個性を一つの物語にすること、会場の全員をライブの内側へ入れることだった。松本が生んだ最大のものはムービングステージ単体ではない。観客まで含めて一つの作品と考える、日本の大規模ライブの設計思想である。

嵐の人気が会場を大きくし、会場の大きさが新しい演出を求め、その演出がファンとの距離を守った。松本潤は、その循環を20年以上にわたって設計し続けた。

FAQ

松本潤はいつから嵐のライブ演出を担当していますか?

2000年の初コンサートから構成や演出に関わり、年を追って中心的な役割を担うようになりました。最初から現在のような単独演出体制だった、という意味ではありません。

ムービングステージは松本潤の発明ですか?

可動する舞台そのものには海外を含めて先例があります。松本が2005年に実現した功績は、透明な大型ステージを客席の頭上に通し、演者が踊ったまま後方まで移動できる方式を嵐のライブへ導入したことです。

制御ペンライトも松本潤が開発したのですか?

いいえ。機器と制御技術の開発者ではありません。松本はその技術を嵐のライブに導入し、数万人の客席を演出の一部として使う表現を発展させました。

松本潤は嵐以外のライブも演出していますか?

はい。後輩グループへの助言や一部演出に加え、2021年の「Johnny's Festival」では総合演出を担当しています。

主な参考資料

  1. Storm Labels 嵐 公式サイト:ライブ映像作品、ディスコグラフィー
  2. クランクイン!トレンド「嵐 松本潤の“個性”と“強み”を深堀り!」:ムービングステージの発想と観客への考え方
  3. Real Sound「松本潤の独立を機に考える演出家としての功績」:演出活動、FreFlow®導入、ライブ映画での役割
  4. Real Sound「松本潤の演出指導は、Hey! Say! JUMPにどんな影響を与える?」:メンバーの証言、後輩への波及
  5. STARTO ENTERTAINMENT 公式サイト:公演情報

本記事は公開情報と公式映像作品をもとに構成しています。ライブ制作は松本潤一人ではなく、嵐のメンバー、演出・舞台・照明・映像・音響・振付など多数のスタッフによる共同制作です。「考案」「導入」「演出」を区別し、確認できない伝聞は断定していません。